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SEE THE SUN
2007.3.28 RELEASE
販売: Universal Music
品番: POCE-2214
価格: \2205(税込)
お問い合わせ:
entak inc.:03-5772-2271
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11度プラチナアルバム!80万枚のセールスを超え!
今最も人気を誇るオーストラリアの英雄。
安心して心を委ねられる声に、世界が出会えた。
2003年にメジャー・デビューを果たし、デビュー・アルバム“Feeler”がオーストラリア中で大ブレイクし、続く“See The Sun”もセールス80万枚を超える大ヒットとなる。わずか3年で驚異的な成功を収めたシンガー・ソングライター、ピート・マーレー。オーストラリアでは断突No.1を誇り、イギリス、ヨーロッパでも大ブレイク中のピート・マーレー、遂に日本上陸!!
| 1. |
Opportunity |
| 2. |
Class A |
| 3. |
Fly With You |
| 4. |
Smile |
| 5. |
Better Days |
| 6. |
George’s Helper |
| 7. |
Lost Soul |
| 8. |
Remedy |
| 9. |
Trust |
| 10. |
See the Sun |
| 11. |
Security |
| 12. |
This Pill |
オーストラリアでデビュー・アルバムが80万枚のレコードセールスを記録し、6度プラチナ・アルバムを獲得。そして2006年にはセカンド・アルバム“See The Sun”がARIAレコード大賞に輝き、今オーストラリアで#1ヒット・アーティストであるピート・マーレー。
2003年にメジャー・デビューを果たし、同年にリリースされたシングル“So Beautiful”がオーストラリア中で大ブレイクし、続くアルバム“See The Sun”やシングル“Better Days”も大ヒットとなる。’04にはスタジアム級の大ライヴを次々と行う。たった3年という短いキャリアの期間に驚異的な成功を手にし、今ではオーストラリアでピート・マーレーの名を知らない者はいないと言える程の破壊的な人気を誇る。
日本ではデビュー・アルバムとなる“See The Sun”はBen HarperやMichael Franti &Spearheadの同プロデューサーとしても知られるEric Sarafinと共にプロデュース。
現在ヨーロッパツアーを行っているピート・マーレー。イギリスではRichard Ashcroftのサポートとしてウェンブリー・スタジアムでのパフォーマンスを果たした。他にもJohn MayerやDonovan Franken reiterなどとも共演している。
ピート・マーレーの温もりと優しさを感じさせるハスキーな声。そしてそっとソウルに響くメロディとロックなチューン。誰もが体験する恋愛、喜び、失恋、孤独などといった感情を暖かく、優しく歌い、ソウルをアコースティック・ギターに託して、しっかりと心に響かせる。
そしてブラス・バンドも参加する“See The Sun”にはポジティヴなソウル・ミュージックを感じさせる明るいバイブレーションが流れている。
甘く切なくポップなアコースティック・チューンとメロウなロック・グルーヴが収録されている日本でのデビュー・アルバム。
一曲一曲をあたたかく歌うピート・マーレーのハスキーな歌声からは彼の人間性そのものと魅力が感じられる。ピート・マーレーが奏でるサウンドからは彼の出身であるオーストラリアの海、波、太陽といった自然の美しさがにじみ出て来るような気さえする。
フィーリングをダイレクトに、ストレートに表現する彼の歌はリスナー自身も想いを重ねることができるはずだ。
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pete murray
人生なんて、いつどう転ぶかわからない――というのが、ピート・マーレイのキャリアを振り返っての率直な感想である。なにしろ、ふとしたことから音楽に夢中になった彼は、30代に入って自主制作でデビュー。以後わずか5年間で2枚のアルバムをチャートの首位に送り込み、オーストラリアを代表するアーティストの仲間入りを果たしてしまったのだ。
それまでのピートはといえば、その逞しい体躯が示唆するように、スポーツ一筋の生活を送っていた。ブリスベンに生まれ、子供時代からラグビーや陸上や水泳の選手として国内の大会で活躍。カレッジを卒業すると早速、地元クイーンズランド州の7人制ラグビー代表チーム入りを果たした。世界有数のスポーツ大国として名高いオーストラリアにおいても、ラグビーはまさに国技のひとつ。若い頃のピートはオーストラリア人としては極めて王道というか正道を順調に突き進んでいたわけだ。しかしそれも束の間、度重なる怪我に泣き、ラグビー選手としてのキャリアを断念。別の人生を模索することを余儀なくされた彼は、療養中に手にしたギターにのめりこむ。音楽活動の経験は一切なかったものの、元々ニール・ヤングやニック・ドレイクやボブ・ディランの大ファンでもあり、周囲の人たちに励まされて曲作りもスタート。一時はスポーツ医学の道に進むことも考えたそうだが、ついにはシンガー・ソングライターを目指すことを決意したのだった。
そしてブリスベン周辺でライヴ活動を行ないつつ、02年にインディでファースト・アルバム『The Game』をリリース。限定1000枚をすぐに売り切って大手レーベルの関心を引き、豪Sonyと契約して、翌年7月にはメジャー・デビュー作『Feeler』を発表する。『The Game』の収録曲と新曲を交えて構成した同アルバムの共同プロデューサーは、ミッドナイト・オイルからユー・アム・アイまでメジャーな地元ロックバンドの作品を幅広く手掛けているオーストラリア人ポール・マカーチャーだ。メディアに絶賛され、大きな影響力を誇るオルタナティヴ系ラジオTriple Jのバックアップを受けた『Feeler』は、9月に全豪トップ30にチャートイン。以後少しずつポジションを上げてゆき、シングル曲『So Beautiful』のヒットにも後押しされて、04年3月末にとうとうナンバーワン・アルバムの座を獲得。4週間にわたって首位をキープし最終的に45万枚の売り上げを記録して、ジェットの『ゲット・ボーン』やデルタ・グッドレムの『イノセント・アイズ』などと競う大ヒット作となった。念のため付け加えておくと、人口2千万人の国で45万枚というのは莫大な数値で、地元アーティストの作品に絞ると、過去10年間に10番目に多く売れたアルバムにあたる。こうして一挙にスターダムを駆け上がったピートは、05年1月にスマトラ沖地震を受けてシドニーで開催されたWAVEAID(豪州史上最大級のチャリティ・イベント)にも、ニック・ケイヴやパウダーフィンガーからシルヴァーチェアーまで、地元の新旧大物たちと共にステージに立った。同年9月には、セカンド・アルバムであり本邦デビュー作となるこの『See The Sun』が登場。全豪チャート初登場1位を奪取したことは、言うまでもないだろう。
まあ期待度が高かった『See The Sun』の初登場1位はさておき、8ヶ月を費やして頂点を極め2年近くチャート上位に留まった『Feeler』のロングセラーぶりが物語るように、この人は1曲のヒット・シングルやハイプで爆発的な人気を得たわけじゃない。ピートがゆっくりと熱狂的な支持を獲得した理由は、やはり口コミで伝わったライヴのクオリティにあるようだ。その音楽性は、お聴きの通りオーガニックでルーツィー。『Feeler』はARIA賞の最優秀ブルース&ルーツ作品の候補に挙がり、デビュー当時はメディアに(ピートも大好きな)ベン・ハーパーやジョン・バトラー・トリオに比較され、アルバムではコンパクトに仕上げている曲もステージではジャムで柔軟に膨らませて披露するという。また、ツアーの前座にドノヴァン・フランケンレイターを起用したこともあり、いわゆる“サーフ系”に通ずる面も備えながらも(実際ピートはサーフィンのメッカであるバイロン・ベイ在住で、サーファーでもある)、彼の音楽は独特のメランコリーを常に湛えている。さすが30代半ばという世代だけに、60〜70年代の古典ロックから90年代オルタナティヴ/グランジ(特にパール・ジャムがフェイバリット)に至るまで守備範囲は広く、“××系”と簡単に括りたくはないし、括れる人でもない。
特に『See The Sun』では、ピートのそういう多様性がより顕著に現れている。2年にわたってツアー生活を共にした4ピースのバンド(Stonemasons=“石工たち”と命名)とレコーディングした本作は、プロデューサー兼ミキサーにベン・ハーパーの諸作品を手掛けたエリック・サラフィンを起用。整然とアレンジ&プロデュースされていた『Feeler』に比べると、バンドとしてのケミストリーに根差したライヴ感とグルーヴ感がサウンドに歴然と漲っている。彼のヴォーカルも然りで、前作では声がトラックの上に乗っかっているような印象さえ与えたのが、他のメンバーのコーラスを重ねたりして、バンド・アンサンブルにしっかりと絡む。聞けば、ソングライティングの段階からバンドも参加したそうで、ジャムで肉付けしてゆく作業が目に浮かぶようだ。レイドバックなアコースティック・ソング『Opportunity』で幕を開け、ホーン(80年代に活躍した地元の大物バンド、ハンターズ&コレクターズのホーン・セクションによる演奏)を豪奢に配した『George’s Helper』ではソウルに歩み寄り、『Remedy』や『Trust』では前作になかったアグレッシヴな厚い音を鳴らし、かと思えば『Lost Soul』には簡素なアレンジに弦楽器を効果的に導入……。抑揚を効かせて、メインストリームなポップロックから、オルタナティヴ、ジャム/ルーツ系まで網羅する本作はじつに間口が広く、これならば多くの人々に愛されるのも当然だ。
また、言葉の真摯さも彼の人気と無関係ではないだろう。『Feeler』に比べると多少楽観的な趣に変わったものの、引き続きどこか陰のある内省的な筆致と、無防備で少し寂しげな歌声で、自分にも他者にもまっすぐに語りかける。例えばポリティカルなメッセージを込めた『George’s Helper』(“ジョージ”はブッシュ米大統領を指す。世論の反発を押し切ってイラク戦争を支持してきた、オーストラリアのハワード首相への批判もこの曲には込められているようだ)では痛烈な口調で相手を突き放すこともするし、逆に『Better Days』などでは自分の弱さをさらして助けを乞うことも厭わない。つまり男気も繊細さも備えたピートは、Tシャツorネルシャツ+デニム+しばしば素足+アコギというナチュラルな佇まいも相俟って、同性にも異性にも好感度満点。ルックス云々という次元を超越しいた、かなり魅力的な大人の男性と言えるんじゃないだろうか?
もちろん、お隣ニュージーランドでも大人気で、英国やアイルランドを始めヨーロッパでも精力的にツアーを敢行。昨年末はリチャード・アッシュクロフトのUKツアーの前座を務め(今ひとつ接点が見えない組み合わせではあるが……)、ロンドンでは満員のウェンブリー・アリーナでパフォーマンスを行い、昨年6月にはニューヨークでも初めて公演。海外進出にも積極的にチャレンジしている。折しもここ数年でオーストラリアのルーツ音楽界は急速に成長を遂げ、日本でもお馴染みのジョン・バトラー・トリオや、アメリカのオルタナ・カントリー界で高く評価されているケイシー・チェンバース、(トム・ウェイツらが在籍する)ANTI-レーベルと新たに契約したザビエル・ラッド、昨年サマソニにも出演したキャット・エンパイアなどなど、顔役たちが国外で続々評判を集めている絶好のタイミング。ピート・マーレイの名前も、そのユニークなライフストーリー共々、遅かれ早かれ世界に浸透してゆくに違いない。それに、ガツガツとしたタイプではなさそうだけれど、挫折の苦さを知り尽くし、ミュージシャンとしての第二の人生を謳歌している彼は、きっと、とことん可能性を突き詰めるまで諦めないだろう。自伝的にも聞こえる曲のひとつ『Opportunity』で、彼は次のように歌う――“目に見えないことに怯える必要はない/怖いのは可能性だけ/しくじった理由など考えなくてもいい/やり直す機会は二度と来ないかもしれないんだ”。こういう人なら、聴き手を裏切ることもないはず。安心して心を委ねられる声に、久々に出会えた気がする。
2007年2月 新谷洋子
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